”今・ここ”に生きる子どもたち

私が小学校の先生だったときの、ある3連休明けの朝のことです。私は教室で子どもたちが登校するのを迎えていました。

大人である私は、「ああ、休みが終わっちゃった。今週は授業参観と懇談会がある。職員会議の準備もしなきゃ」など、完全にブルーな状態でした。

すると、ある女の子が「ラン、ララ、ラン」という感じで、両手を振り上げながらスキップでやってきました。そして、私の目の前に止まって話しかけてきました。

「あのね、先生! 私、昨日ママとスーパーへ行ってきた」。「スーパー?」。私は「そんなにうれしい?」と思いましたが、その子はその楽しかったことを勢いよくしゃべり始めました。おいしいお菓子を新発見したとか、風船をもらったとか、犬の芸を見たとか…。

そして、「また、来週も行くんだ!」とうれしそうに叫びました。私が、「はい、行ってらっしゃい」と答えると、その子はまたスキップで両手を振り上げながら立ち去っていきました。

私はその後ろ姿を見送りながら、「ああ、なんて美しいんだ。子どもって本当にすごいなあ」と思いました。先生になって初めてそう思いました。

あの人たちには過去の重荷も未来への思い煩いもないんですね。”今・ここ”に自分の丸ごと全てを注ぎ込んで、全身全霊で生きています。

しゃべるときはぺちゃくちゃしゃべって、怒るときはプンプン怒り、泣くときはギャアギャア泣いて、笑うときはケラケラ笑い、食べるときはガツガツ食べて、寝るときは爆睡…。本当に美しいです。

でも、親や先生は「ここを直さなければ。もっと○○させなければ」という願い(実は欲)があるので、目が曇っていて、ありのままのすばらしさを見ることができません。

たった今、わが子が一番美しくかわいらしいときなのですが、親は”願い”という欲のせいでそれが味わえません。これが親の業というものです。

この欲を一日一度でいいから脇によけて、ありのままの子どもの美しさとかわいらしさを味わってみてください。今こそが満開の花なのです。

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